2020年1月3日金曜日

我が家のおせち料理



娘が嫁ぎ、父が逝き、母が逝き、夫婦二人きりになって10年になる現在でも、我が家では家内が毎年のようにおせち料理を作る。
いまや、おせち料理でもてなさねばならない来客があるわけでもなく、元旦に娘一家がやって来て祝い膳を囲めば、それでおせち料理の役目は終わる。
この10年、家内は「おせち料理はやめてお正月は温泉にでも行きたいな」と言い続け、私も「それもいいねぇ」と応じるのだが、まだ一度も実現していない。
家内は私の母に料理を仕込まれた。
宮司家の一人娘に生まれ、神社の台所を切り盛りしてきた母の食への拘りは相当なもので、材料、調理、調味、何れにも妥協を許さなかった。
家内は母の厳しい仕込みに耐えて浜口家の味を受け継ぎ、さらに自らの工夫を重ねて、優れた料理人になった。
家庭料理のシェフとしてはこの上を望むべくもないと、私は大満足している。
その家内が母から受け継いだおせち料理が私は大好きである。
やっぱりこれがないと正月気分になれない。

私たち夫婦は結婚当初から両親と同居した。
開けっぴろげで直情派の母と控えめで慎重派の家内は、嫁と姑のお定まりの相克もあって、常に仲が良かったとは言えない。
それでも、長年苦楽を共にしてお互いの長所を認め、お互いを大切に思い、反りを合わせていった。
そして、私を大切にしてくれるという点では双方に遜色が無かった。
脳梗塞で要介護状態となった母は、10年以上、在宅で家内の献身的な介護を受けて2009年に87歳で逝った。

家内のおせち料理は今年も母直伝のままである。
大晦日の夜、私も仕上げを手伝った。味を確認して重箱へ詰めるのが私の仕事である。
ふたりで手を動かしながら自然と母の話になった。
母を懐かしむ家内の表情や声音に微塵の暗さもない。
私は母の思い出に浸りながら家内への感謝の気持ちを新たにした。
毎年こんなことを繰り返しているが、我が家のおせち料理には大切なものがいっぱい詰まっている。
家内はそんな私の気持ちを察して、おせち料理作りを続けてくれているのだと思う。

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